犬の避妊去勢手術には必ず全身麻酔が伴います。麻酔というと死亡事故が起きたり、死なないまでもその後の病気のリスクが上がるといった話を耳にすることがあるかと思います。麻酔は本当に怖いものなのか?について解説します。
犬の避妊去勢手術の麻酔について
獣医療での麻酔関連死の研究・報告数は十分とは言えませんが、海外で行われた大規模調査の数値が、麻酔の説明の際によく使われるので、そちらを紹介しますね。
麻酔での死亡率
麻酔をかける際には「ASA分類」という全身状態の評価を行います。「Ⅰ」が健康(避妊去勢手術など)で、「Ⅱ」が軽度の疾患、「Ⅲ」重度の疾患とリスクが上がっていき、「Ⅳ」が死に至るほど重篤、「Ⅴ」は手術にかかわらず24時間生存ができない状態です。
このうちⅠ〜Ⅱの「健康な犬」での麻酔関連死は0.05%、Ⅰ〜Ⅴ全体では0.17%と結果が出ています。
この数値が絶対という意味ではないですね。獣医の麻酔専門医のによると、避妊去勢手術の麻酔関連死亡率は0.01%ほどというデータもあるとのことです。1万頭に1頭ということですね。
これは人が交通事故で3〜4年のうちに死亡する確率とほぼ同程度です。毎日手術をしている獣医師でも一生に一度あるか無いか、という程度の確率でしょう。
海外の先進国と比べても、日本の動物病院の検査体制は非常に整っていると言えます。それでいても、やはり人間に比べると麻酔関連死の確率は高いのは事実ですね…。
気道に異常があるということは、空気の出入りがうまくできず、酸素の取り込み、二酸化炭素や麻酔ガスの排出がうまくできなくなってしまうことがあります。つまり、普段からまともに呼吸ができていないんですね。
短頭種はその気管チューブも入れづらいなど問題はありますが、通常、呼吸が補助できている間は麻酔は安定しています。
ただ、気管チューブを入れる前と手術後の気管チューブを抜くとき、抜いてしばらくの間に呼吸がうまくできないことがあり、格段の注意が必要になってくるのです。
犬に麻酔をする事で起きるリスクと対策
麻酔で起きる主な体の変化とその対策
麻酔で起きることの例 | 対処法 |
呼吸が弱くなる。(またはできなくなる。) | 人工呼吸 |
心機能が弱くなる。 | 心臓に作用する薬を使う |
出血などで血の巡りが悪くなる。 | 輸液(点滴)、輸血 |
どれも、最初から起きる可能性があるとわかっていますし、麻酔中は常にモニタリングをしているので、準備をしておいて迅速に対応します。(輸血は人間のような公共の血液バンクがないので難しい場合もありますが、避妊去勢手術で大量出血することは滅多とありません。)
ただし、持病がある場合は要注意です。例えば、肝臓病や腎不全、肥満は麻酔のリスクも上がるし、麻酔後も注意が必要になります。
麻酔のリスクを上げてしまう原因
麻酔のリスクを上げてしまう原因をいくつか紹介します。
- 短頭種
- 肥満
- 肝臓病、腎臓病などの主要臓器の持病
など
- 毎年健康診断を受けて、持病があるかないかを把握しておくこと。
- 避妊去勢手術をするなら若いうちに済ませておくこと。
- 麻酔をかける前後の体調は、元気食欲や行動、おトイレの状況など些細なことでもよく観察しておくこと。
- 麻酔をかけた日やその後2〜3日は仕事を休んででも常に見ていられる場所にいること。
麻酔は体に蓄積するものではないので、1日もすれば体から消えます。しかし、誤嚥による肺炎や見えないところでの出血など、術後トラブルにも気をつけないといけません。
終わりに 愛犬を守る避妊去勢手術と麻酔のリスク
- 麻酔は100%安全とは言えない。
- 避妊去勢手術での死亡リスクは2000〜1万頭に1頭。
- 短頭種であること、持病や肥満がある場合は麻酔のリスクが上がってしまう
「交通事故で亡くなるのが怖いから、一生家のなかで過ごす。」という人はそういないはずですよね。避妊去勢手術をしないことで起きる病気の中には、愛犬の命を奪うものもあります。それ以外で麻酔をかける場合も、麻酔をかけるメリットがあるからこそ、麻酔をかけるのです。
リスクを完璧にゼロにはできないですが、限りなくゼロに近づけていけるよう、不断の努力を続けていくしかないですね。
参考文献
David C Brodbelt MA, VetMB, PhD, DVA Diplomate ECVAA, MRCVS他、2008 (最終閲覧日:2020/8/13)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1467298716308261
村端悠介 他、「小動物臨床における麻酔のリスク」、(最終閲覧日:2020/8/13)
http://vth-tottori-u.jp/wp-content/uploads/2015/03/topics.vol_.34.pdf