こんにちは、ドッグトレーナーのしほです。

このブログを書いている私の自己紹介をさせて下さいね。

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主な経歴

・米国トリプルクラウンアカデミー卒業 (Triple Crown Academy)
・卒業生の中から優秀生徒として選抜され、卒業後に指導者として同校勤務
・訓練士資格・行動学専門家資格 (Canine Training & Behavior Specialist)
・愛玩動物飼養管理士
・攻撃的な犬の行動学 専門課程修了(Aggression/Behavior Seminer)
・NHK「プレ基礎英語」ドッグトレーナー出演
・ハリウッド映画 クエンティン・タランティーノ監督(代表作「キル・ビル」)の映画「デス・プルーフ in グラインドハウス」に愛犬バスコが出演協力
・米国ペットグッズのポスターに愛犬バスコをモデル出演協力

犬の訓練士養成校としては世界有数の規模を誇るアメリカ、テキサス州のトリプル・クラウン・ドッグ・アカデミー(現スターマーク・アカデミー)で犬訓練・行動学専門家の資格を取得し、卒業後は同トリプル・クラウンの問題犬訓練部門でトレーナーとして働く。

帰国後は3年間訪問訓練士として飼い主さんのご自宅でのしつけレッスンを行う。

2010年に静岡県にドッグラン併設のペットホテル 兼 犬のしつけ教室を開き、犬の訓練・ホテル預かりを精力的に行う。特に犬の預かり方にはこだわりを持ち、狭いケージに入れっぱなしにせず、1日中広いドッグランや冷暖房の利いた室内で自由に過ごすことのできる環境を提供。これまでに受け入れた頭数はのべ2万頭を超える。

 

訓練士資格・行動学専門家資格

攻撃的な犬の行動学 専門課程修了

 

ムツゴロウさんに手紙を送った幼少期

私の産まれ、そして育ちは千葉県です。

小さい頃から無類の犬好きでした。犬のみならず、毛の生えた哺乳類なら何でも大好きで、幼少の頃のヒーローはムツゴロウさんでした。「ムツゴロウゆかいクラブ」の会員で、会報誌は私の愛読書でした。「ムツゴロウ王国に住んで熊と一緒に転げまわり、オオカミと昼寝したい!」と、そんなことばかり妄想していました。

うちで飼っていた犬は柴犬のクロ。 私と1か月違いで産まれたクロちゃんと私は一緒に育ちました。当時はまだ犬は外で飼うのが普通で、クロも庭で飼っていました。とてもやさしいワンコで、友達と裏山に出かけるときには一緒に連れて行っていました。何度か庭で子犬を産み、子犬を育てるお母さんのクロを観察させてもらったり、親に話せないような事はクロに聞いてもらったり・・・と、いつも私の心の一部にクロちゃんがいました。残念ながら犬の寿命は人ほど長くはないので、私が中学1年生の夏に亡くなってしまい、学校でもクロの事を想っては授業中に涙があふれて仕方がなかったのをよく覚えています。

クロが亡くなった後は、1年ほどはうちに犬はいなかったのですが、中学生の時に私が拾ってきた紀州犬のような犬は、私が訓練士になって施設を建てる直前まで生きていました。

拾った当時は多分生後2か月ほどの小さな子犬で、放浪生活が長かったのか身体の半分には毛がなく、ガリガリでした。学校帰りの私の後ろをトコトコとついてきて、私もそれが嬉しくて、結局家まで一緒に帰ってきてしまいました。当時、父はそろそろまた犬を飼いたいとは言っていましたが、また立派な柴犬がいいと言っていましたので、こんなみすぼらしい犬はきっとダメだろうな・・・・と思い、私は作戦を考えました。

ちょうど父は仕事がお休みで在宅している日だったのですが、車で出かけていました。私は、そっと空の駐車場に子犬を入れ、シャッターを閉めました。しばらくして、運よく雨が降り始めた頃に父が帰宅し、シャッターを開けると・・・・なんと子犬が雨宿りしているではありませんか(笑)!。 父も犬嫌いではありません。子犬を抱きかかえて「こいつが雨宿りしていたよ」と帰宅した父を見て、「作戦成功!!」と内心飛び上がるほど嬉しかったのを覚えています。 ちなみに、このことを家族に告白したのは、5年後くらいです(笑)。

しんと名付けたこの犬は、私が溺愛して育てました。もう可愛くて可愛くて、何をするにも一緒。夜は一緒にお風呂に入り、自分のお布団に入れて一緒に寝ていたほどです。きっとお風呂もお布団は毛だらけだったでしょうに、何も言わずに放っておいてくれた両親に感謝です。しんが成犬になるころには、やはり「犬は庭で」と外に出されてしまいましたが、実は夜、こっそり自分の部屋に入れていました(笑)。

高校・大学のアメリカ留学先でも犬・犬・犬の日々!!

高校生の時に1年、交換留学生としてアメリカの高校に通ったのですが、その時ホームステイしていた家にボクサー犬が2頭いました。この犬たちがまた可愛くて・・・。ホームステイ先は女性の一人暮らしのお宅だったので、彼女が仕事でいない時には、このボクサー犬と一緒に過ごしていました。アメリカでは犬は普通に家の中で暮らしていましたので、堂々と自分のベッドで一緒に寝れるのが嬉しかったですね。

その後、高校を卒業した後も、大学はアメリカでインテリアデザインを専攻しました。 こじらせるほどの犬は好きは治っていませんでしたが(笑)、犬を職業にするという事は思いつかなかったですね・・・。今から思えば、あの頃から犬の勉強をしたかったな・・・と思いますが。

大学に入学した後も、しばらくは同じホストファミリーの元で暮らしていました。ボクサーたちは可愛いけれど、しんにも会いたい・・・・。そんな気持ちが募り、無謀にもしんを一緒にアメリカに連れて行く事にしました。よく親が許してくれたなと思います。そのための費用も出してくれましたし・・・。この親なくして今の私はいません。

そんなこんなで、ホームステイ先にはボクサー2頭としんがいたわけですが、なんとある日。ホストマザーから「しほにプレゼントがある」と言われ、行ってみると・・・・。ハスキーの子犬ではないですか!!! イヤイヤ、無謀でしょ?? 学生の分際で、日本から犬を連れてきて、更にハスキーって!! でも、当然もらいましたよね(笑)。名前はチョビにしました。

大学から帰ってくると、犬4頭が一斉に迎えてくれる生活は幸せでしたね~。たまに近所に犬も遊びに来ていたりして、とにかく犬がたくさんの毎日でした。

大学を終えた後は、しんとチョビを連れて帰国しましたが、東京で就職をした私は、泣く泣く犬たちを実家に預けざるを得ませんでした。毎日つまらない(笑)仕事をしながら、帰宅しても誰もいない生活が寂しくて、犬と暮らしたい~とばかり思っていました。この頃から、「犬に関わる仕事がしたい」と何となく思い始めていました。

その後、結婚を機に、ようやく実家に預けていた犬を引き取って暮らすことが出来、楽しい毎日を送っていたある日のこと・・・・。人生を大きく変える転機となる出来事がありました

 

 

訓練士になることを誓った、「保健所での悲しい出来事」

土砂降りの大雨のある日のこと。

真夜中、交通量の多い国道の道端でビショ濡れになって歩く、1匹の大きな犬を見つけました。 車を降りて近づいてみると、長い間、何の手入れもされていないのが明らかで、毛はこんがらがり、もさもさで臭くて大きな犬。でも尻尾を振ってニコニコ笑っています。 大雨の中、月明かりもない真っ暗な夜、「ここに居ては轢かれてしまう」、そう思った私は、その犬をうちに連れて帰りました。

自宅に連れては来たのはいいのですが、びしょ濡れだし、あんまり臭いので、すぐにシャンプーをしました。 すると、なんと立派なゴールデン・レトリバー。絡まった毛の下には首輪もしていました。

名札はありませんでしたがどこかで飼われいている犬と判断し、翌日すぐに警察・保健所・市役所に保護の届出を出し、近所にも貼り紙をしました。保健所に迷子犬の保護の連絡をしたときには「連れてきてください」と言われましたが、飼い主が見つかるまではウチで保護します、と伝えました。

飼い主からの連絡を待つ間、情が移ってしまうと別れが辛くなってしまうので、名前はつけず「ワンコ」と呼んでいました。 きっと、飼い主さんも探しているだろう、すぐに連絡が来るはず、と思っていました。

しかし、1週間たっても、10日たっても一向に連絡がありません。

私は、以前、花火の音に驚いて逃げ出してしまったしんを迷子させてしまったことがあります。 その時には、万が一遠くまで逃げたことを考えて、近隣から遠方の保健所や警察所の全てに連絡をし、少しでも特徴が似ている犬が来たら、絶対に殺さず連絡をして欲しいと頼んだものです。 自分の愛犬が迷子になっても保健所に問い合わせをしないなんて、私にしてみれば理解不能な行為です。 犬を大切に思っているのなら、今どこにいるのかしら? 捕まっていないかしら、と心配しないものでしょうか?

私が保護した犬。私の傍で眠る犬。私の手で保健所に連れて行くなんて出来るはずがありません。うちには、既にしんとチョビがいましたが、飼い主が現れないのなら、うちでその犬を飼おうと決めました。「うらら」と名前をつけ、ベッドや新しい首輪、おもちゃなどの備品を買い、新しい家族を迎えて楽しい生活を始めました。

しかしその翌日、1本の電話が・・・。

「子供が貼り紙を見まして、おたくにウチの犬がいるみたいなんですが」

「渡したくない」と一瞬考えましたが、嘘はつけません。仕方なく、「お預かりしてます」と答えました。 すると、「汚れてもいい車を友人から借りて、明日犬を引き取りにいく」との事でした。 うららは私がシャンプーもブラッシングもし、ちっとも汚くなかったのですが、最後の1日をうちで一緒に過ごせるなら、と思い、何も言いませんでした。

翌日、犬を迎えに来た飼い主さんは、「あらー、綺麗になっちゃって」なんて、見違えるように綺麗になったうららを見て、調子よく喜んでおられるようでしたので、私は言いました。

「なぜ保健所や警察に連絡されなかったんですか?保護したのが私ではなく保健所だったら、3日で殺処分されてましたよ」と。

飼い主さんは、「はぁ、それは知ってますけど」と、「それが何か?」という表情です。

更に「お庭で飼っているんですか?」との私の問いに、「ウチは庭はないので、隣の廃車置場の車の中で飼っています」との発言。廃車の中で飼っている・・・??? それがどういう状態なのか想像もつきません。

ショックでした。なぜそんな飼い方をして心が痛まないんだろう? 何故いなくなっても探さないんだろう?そもそも、室内で飼う気もなく、庭もないのに、なぜ犬を飼ったんだろう? そして、何故こんな飼い主に、可愛いうららを返さなければいけないんだろう?

理不尽な気持ちでいっぱいでした。

でも、飼い主さんの元では、一応雨風は凌げるし、ゴハンも貰っているのだろう。うららも飼い主さんに尻尾を振っています。保健所で殺処分を待つ犬に比べたら、まだうららは幸せなのかも知れない。そんな風に考え、うららのことは忘れようとしましたが、モンモンとした気持ちは消えませんでした。

私が保護しなければ、事故にあっていたかもしれない。あの時、警察に引き渡していたら、保健所で殺処分になっていたかもしれない。うららのように、迷子になっても探してもらえなかった犬たちも、保健所で殺されていくのだろうか。

せっかくもう1匹犬を飼うための準備はできているのだから、保健所で殺処分を待つ犬を引き取ろうと思い立ち、その日のうちに保健所に引き取り希望の電話をしました。 ところが、そこでの対応が、また私を理不尽な気持ちにさせました。

保健所の担当者は、私に言いました。

「うちは犬の譲渡はしてませんよ。 あなた、犬が欲しいってね、病気の犬や噛む犬だったらどうすんの?」

獣医でも訓練士でもない私は、「それなら治して飼います」とは説得できませんでした。

保健所の所員さんの言っている事は、今ならよくわかります。 問題のある犬を開放すれば、また問題を引き起こすかもしれません。攻撃的な犬がどんなものなのか、問題を抱えた犬を引き取ることがどれだけ大変なことか、当時ただの犬好きだった私は知る由もありません。保健所の対応は、ただ面倒を避けているだけように聞こえ、とてもガッカリしました。 日々、動物を殺さなければならない仕事をしている人こそ、愛護の気持ちを持つべきなのに!と悔しい気持でした。

ただの一犬好きの私では、幾ら吠えても声が届かない。目の前にいる犬さえ救えない。 自分の無力さ、小ささを感じました。

悔しいながらも、その時思ったのは、「その道のプロになれば、耳を貸してくれるかもしれない。 救える犬が増えるかもしれない」という事でした。 「夢と現実は違う」などと言うだけで、行動を起こさないのでは、何も始まらない。そう思った私は、ドッグ・トレーナーになる勉強をしよう、と決意したのです。

再びアメリカへ…!タランティーノ監督やシーザーミランとの出会い

そこからは早かったです!それまでしていた仕事に終止符を打ち、半年後にはアメリカのドッグ・トレーナー養成学校トリプルクラウンアカデミー(現スターマークアカデミー)へ向かい、飛行機に乗っていました。

学校では住み込みで犬と寝食を共にしながら学び、犬の行動学と訓練士の資格を取得しました。 真面目に勉強し、卒業後は、2枠しかない見習い訓練士に合格し、学校併設の訓練施設で経験を積むことができました。全米でもトップクラスの大きな施設でしたので、毎日とてもたくさんの犬たちの訓練に関わることが出来ました。

そんなある日、同アカデミー宛てにハリウッド映画制作会社から、「映画に出演協力してもらえる犬を提供してほしい」というオファーがあり、タランティーノ監督自らが私の愛犬「バスコ」を選んでくれました。(タランティーノ監督代表作「キル・ビル」)

・タイミング良く吠える
・指示方向に駆け抜ける
・大人数が集まる場所でも落ち着いていられる
・火薬による爆発音等にも怯えない

このように、犬に求められる技能は高いのですが、
無事に撮影を終えることが出来ました。

非日常の環境である時こそ、愛犬との絆の深さが試されますが、大役を果たしてくれた愛犬「バスコ」は本当に最高のパートナーだと思います。

また、同アカデミーのトレーナーとして勤務中、犬の訓練先進国アメリカの中でもトップと言われるカリスマ訓練士、「シーザー・ミラン」の講演会にて、成績優秀卒業者兼トレーナーとして出会うなど、多くのご縁にも恵まれました。

帰国後はペットホテル兼しつけ教室で、のべ20000頭のワンコと触れあいの日々!

その後、2006年に帰国し、訓練しとして活動を始めました。当時は施設を持っていなかったため、訪問訓練士として犬のしつけに悩む飼い主さんのお宅を訪問して、飼い主さんと一緒に犬のしつけをするスタイルの活動をしていました。同時に、獣医さんでの飼い主講習やパピーパーティを実施したり、地元の小学校での職業紹介活動をしたり、保護団体での問題犬の扱い方の講習をしたりと活動範囲を広げてはいましたが、いつも、わだかまった気持ちを抱えていました。

それは、犬も人も、なんとストレスに満ちた生活をしていることか! ということです。

飼い主さんも犬もガマンしてばっかりだという現実。

人が犬を理解していないばかりか、犬が犬として生きることが出来ていないことから来る問題行動の数々。

犬が犬として振舞える場がない。

犬同志で思い切り遊べる場がない。

社会化体験をする場がない・・・。

犬のストレスのや不安定な精神状態の原因となっている問題が目につくようになりました。 犬たちが学び、ストレスを発散できる場所、「経験不足」を克服できる場所が不足していると感じました。訪問訓練士をしているだけでは、解消してあげることのできない問題です。

そこで、2010年、広いドッグランで犬たちが遊び、社会化体験やストレス発散をしながら、1日中フリーな状態で過ごすことが出来る施設を、オープンさせました。 飼い主さん抜きで犬たちをお預かりし、犬たちは走り回り、犬として過ごし、ストレスを十分に発散させた状態で人との関わりを学び、他犬との関わりを学び、自分の立ち位置も学んでいく事の出来る施設です。

今は、その施設で、信頼できるスタッフと一緒に毎日たくさんの犬たちと関わりながら過ごしています。

私のこれからの目標は、犬が迷惑がられる存在ではなく、人間社会の一員として広く受け入れられるような社会をつくることに貢献することです。

犬って、とても素敵な動物です。 人とのコミュニケーションもしっかりとれますし、飼い主さんのいう事を聞く事が喜びなんです。 飼い主さんと犬との間で、しっかりとコミュニケーションが取れ、主従関係が築けていれば、どこへでも犬を連れてゆけます。日本の犬たち皆のしつけがしっかり出来ていれば、受け入れる社会も自然と育って行くでしょう。

今、日本の飼い主さんに必要なのは、飼い主さんご自身が犬の事にういてもっと勉強をすることです。飼い主さんの知識がなければ、犬の教育は出せん。犬が問題行動を起こし、飼い主さんからも社会からも疎まれるのは、犬がバカだからではなく、人間社会のルールを教えられていないからです。

問題行動を直すためには、ピンポイントで問題行動だけを叱って直そうとしても、直りません。問題の原因を探り、原因の種を取り除いて行く事が必要です。ルールを知らないのであれば、ルールを教える事から始めて下さい。教えようとしても聞く耳を持たないのなら、主従関係を築く事から始めて下さい。

私のブログが、「犬との生活を改善したい」「犬も人も、お互いが幸せに暮らしたい」と願うたくさんの飼い主さんの手助けになればとても嬉しいです。

最後になりますが、ただの犬好きだった私に、訓練士になる起爆材をくれたうらら。たった10日しか一緒に過ごせなかった犬ですが、私の中での存在はとても大きいです。あれからもう10年以上が経っていますので、もう生きていないかもしれません。飼い主さん宅の前を何度も通っていますが、見かけたこともありません。

もし、まだ近くにいるのなら、「ありがとう」の気持ちを込めて、もう一度ながーいお散歩に連れて行ってあげたいです。


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